「トラウマ」とは、「心の外傷」と言われ、精神分析の創始者フロイトが最初に用いた概念で、後に精神障害を引き起こすような脅威的な出来事の体験、またはその体験で受けた心の傷を意味しています。

 

災害:地震、津波、洪水
事故:飛行機、船舶、鉄道、工場、鉱山戦争:戦闘、捕虜、拷問
事故:交通事故、火災
犯罪:レイプ、泥棒、人質、誘拐、脅迫
その他:目撃、幼児虐待、暴力、いじめ

 

など、心の傷になる原因はさまざまで、たとえ客観的にみて小さな出来事でも本人にとっては大きな出来事であることも多いため、心の傷の程度を把握することが難しいのが実情です。

 

 

「こころ」を考える

 

心を支配しているのは脳です。脳は130億もの神経細胞が枝を伸ばし、絡み合い、情報を伝達したり交換することにより、さまざまな「考え」をつくり、喜怒哀楽をつくり、意思を持ち、「こころ」ができます。また、脳により手を動かしたり、言葉をつくり、声をだすこともできます。しかし、誰も自分の心を見た人はいませんし、他人の心を見た人もいません。

 

心の座、脳を両手で表すと

右手と左手で脳を形づくってみましょう。左手は大脳、右手がからだや心を調節する脳幹です。私たちがストレスにさらされ、くよくよ考えたりすると、左手の脳は興奮しっぱなしになります。すると、右手の脳にそれが伝染し、調節機能は大混乱を起こします。ストレスがかかるとからだや心の調子が悪くなるのはこのためです。

心を三角すいに例えると

心は「知性・感情・意欲」と「自分らしさ」からできています。安定した心は、自分らしさをしっかりと持っていますが、自分らしさが広がっていないと、心の中身が豊かに見えても、心は不安定です。また、知・情・意のバランスも重要です。どれが小さすぎても、大きすぎても、三角すいは傾き、倒れやすくなります。

 

欲求と規範の関係

生まれたばかりの子どもの心の中にも「欲求」は詰まっています。欲求があるからこそ「規範(決まり、約束)」が心の中に入り込んでくるのです。しかし、欲求を先取りされた子、例えば、自分から求める前に、ものを与えられて育ったような子の心の中には欲求はたまりませんから、規範も入らないことになります。

逆に、しゃにむに規範を押し込めば心は規範だらけになり、欲求は押し出されます。心に欲求のない子は、自分で判断して行動ができません。「自分らしさ」は、心の中で欲求と規範が争って初めて生まれ、育つのです。

 

 

ストレス・スコア

 

ストレススコア

 

日常生活のなかで起こってくる出来事は、善きにつけ悪しきにつけ、必ずストレスを伴います。就学(受験)、思春期(第2反抗期)、就職、結婚、昇進、定年などは人生の節目の重大なできごとです。これらの出来事はそれ自体で心理的ストレスとなり、不安・いらだちごと(情動ストレス)をひき起こす誘因となります。

 

一般に、幼児期から青年期までは精神面、情緒面の問題が、成人期以降は身体的疾病や体力の衰えなど身体的問題がストレスになる傾向があり、「結婚」を50点として生活上の出来事のストレス度を点数(ストレス・スコア)として表したものがあります(上図)。

 

それによると、いちばんストレス度の高いのは「配偶者の死」で、次に「離婚」「親族の死」「けがや病気」などが高い点数になっています。最近1年間に起こった出来事の点数が300点以上になった場合には、こころの健康を含めて心身両面での病気を起こす確率が高くなるといわれています。このストレス・スコアは、将来起こり得る出来事の予測や予防の1つの目安として利用できます。

 

社会生活を営むうえで、こころの健康に影響を及ぼすと考えられるものとして、人間関係の悩み、多忙、過剰な責任などがあります。これは「日常いらだちごと」と名付けられています。「日常いらだちごと」が、気付かないうちに蓄積され、ストレス症状を現すことがあります。

 

高い目標を持ち1つの物事に没頭してエネルギッシュに仕事をしていた人が、突然燃え尽きたように意欲を失ったりすることがあります。これは特に医師、看護婦、教師などの専門職の人にみられます。

 

長期間にわたり人を援助しているうちに、心的エネルギーを使い果たし、身体的にも情緒的にも極度の疲労を起こしたものです。「燃え尽き」状態は、仕事に全力で取り組むいわゆる猛烈社員や、受験戦争を生き抜いてきた若者などにも起こっています。

 

特定の行動パターンが、身体的疾病の危険因子になることも知られています。人間には2つのタイプがあるといわれています。せっかちで競争心が強く、常に前向きで精力的に仕事をこなすタイプA(A型)と、ゆっくりとマイペースのタイプB(B型)です。そして、冠状動脈硬化や狭心症、心筋梗塞(こうそく)を起こしやすいのは、タイプAであるとされています。

 

また、こうした行動パターンを変えることで、これらの心臓病の再発が妨げることも知られています。精神的葛藤があるのにそれをうまく言葉で表現できない、怒りや不満があるはずなのに表に出ない人がいます。まじめで仕事熱心で、まわりに適合しようと努めるあまり、過剰適応に陥るタイプです。

 

こうした行動パターンの人は、自分の内的な感情や、抱えている問題に気付きにくいので、ストレスを蓄積しやすいのです。消化性潰瘍とか気管支ぜんそくなどの心身症を起こしやすいことが知られています。

 

 

トラウマとは

 

心の傷

精神医学や臨床心理学の領域では、トラウマ(trauma)という概念によって、心の傷が作られるプロセスやその性質が理解されています。トラウマとはさまざまなショッキングな体験に遭遇することによってできた「心の傷」であり、その傷が時間の経過によって癒されることなく、その人の心理状態や精神の働きに著しい障害を引き起こしているのものを言います。

 

心の異物

誰でも心の傷を受けるような体験をしたことが1度はあるでしょう。しかし、そのような体験が全てトラウマになるかというと、けっしてそうではありません。自分が予想もしていなかった事態に遭遇したり、もしくは取り返しのつかないようなミスを犯してしまったと気づいたとき、その経験はその人の心にとって一種の「異物」となり、それはその出来事を経験するまでにその人が持っていたものの見方や考え方、言い換えれば知的な枠組みとは相容れない異物となります。

 

こうした異物が心に入り込んだとき、心は何とかしてその異物を「消化」して、既存の認知的な枠組みの中へ取り込もうとします。この努力は、その体験を何度となく思い出すという形で、もしくは他者に繰り返し話すことによってなされます。

 

はじめのうちはその出来事を思い出すたびに「ああたいへんなことになった。どうしよう」などと当時の強いショッキングな気持ちや「なんでこんなことになってしまったんだ」「どうしてこんなことが私の身に起きてしまったんだ」などといった怒りの感情がよみがえってきますが、繰り返しを重ねるうちに強く激しい感情は次第に薄れていき、ついには「まあ、たいしたことではないか、何とかなるか」というふうに思えるようになるのです。繰り返して思い出したり、話しているうちに、その体験をした強烈な情緒的反応は和らいでいくのです。

 

繰り返し思い出し、そのたびに強い感情を経験しているうちは、その体験はけっして過去のものではなく、「今まさに直面」している出来事として心に留まっているのに対し、強い情緒反応が薄らいだ段階では、それはもはや「もう済んだこと」として「過去の記憶」になり、過去の出来事として記憶の中の適切な場所にしまい込まれていくのです。

 

ショック体験とトラウマ

心に強いショックを与えた体験は、始めはその人の認知的な枠組みには組み込まれず、心理的な反復を通して次第に意識に統合され、通常の過去の記憶、もしくは「自分の過去の物語」の中に組み込まれていきます。しかし、何らかの理由でこうしたショッキングな体験の記憶が意識に統合されない場合があり、その体験の記憶やその時生じた様々な反応が一つの固まりとなり、「トラウマ」となるのです。

 

では、どのような場合に「トラウマ」となるのでしょうか?

 

一つには、その体験が心の処理能力を大きく超えてしまった場合です。ショッキングな体験は反復的な想起や感情の再体験のもつ作用により消化吸収されていきます。しかし、心にはおそらく「耐性の限界」というものがあり、その限界を超えるほどの強烈な体験を繰り返し思い出すことは非常に危険と思われます。本体である心自体が極度の混乱状態に陥り、場合によっては解体してしまう危険性もあります。そのような場合、その体験は消化吸収されず「トラウマ」となって、いつまでも心の異物であり続けてしまいます。

 

また、トラウマにならない程度の体験であっても、何らかの理由で心の処理能力が低下している場合、トラウマが生じると考えられています。過去にトラウマとなるような体験をしている人の場合は、あらたなショック体験がトラウマになりやすいことが指摘されており、以前のトラウマのために心的なエネルギーが減少しし、処理能力が低下しているためではなかろうかと思われます。

 

このように、ある体験がトラウマとなるか否かは、その体験の持つ強さと心の処理能力との関係によって、相対的に決まってくるものと考えられています。

 

体験の瞬間冷凍

トラウマとなった体験はどれだけ時間が経過しても過去の思い出にはなりません。これはトラウマが「瞬間冷凍された体験」であるためで、自らの処理能力を超えるような体験をした場合、心がその体験から自らを守るために瞬間的に冷凍してしまうからと考えられます。

 

瞬間冷凍によって、その体験に関するさまざまな記憶、例えば視覚や聴覚などの諸感覚の記憶、情緒や感情、その際に抱いた考えや思考などはとりあえず一塊となり、心の他の領域に影響を及ぼさないようになります。しかし、通常の記憶とは違い、時間の経過とともにその質が変化せず、瞬間冷凍のためにその「鮮度」は変わらずに保たれてしまいます。

 

かなりの時間が経過した後に何らかの理由で解凍された場合、その凍りついた記憶の一部が、非常に生々しいかたちで心の中に蘇るのであり、その最たる形態が「フラッシュバック」という症状です。

 

フラッシュバックとは、一瞬にして過去の体験へと戻されること、その体験が今自分に降りかかってきているという感じ、反応してしまう現象をいい、瞬時に解凍されたショック体験のさまざまな側面が一瞬にして心を包み込んでしまった状態だと考えられます。

 

 

急性ストレス反応とは

 

災害、事故、惨劇などの直後に現れ、通常2〜3日で消える症状を「急性ストレス反応」といいます。特に目立つ症状として、あたかもその出来事を「忘れたがっている」「ないことのしたがっている」というような反応を示します。

 

これは、その出来事があまりにも衝撃的で、その直後に直面するのが困難なためにこのような症状となります。しかし、後述の「PTSD」とは異なることに注意すべきです。  急性ストレス障害の症状としては、

 

●感情が麻痺してしまった、無くなってしまったと感じる。
●周囲のことに注意が向かなくて、ボーッとしている。
●現実感がわいてこない。
●自分が自分でないような気がする。
●起こったこと(障害の原因となった出来事)が思い出せない。
●出来事がフラッシュバックしたり、夢にみたりして耐え難い。
●出来事を思い出させるようなものを必死になって避ける。
●不安感が強く、眠れない。ちょっとしたことにビクッとする。
●仕事ができない。日常生活ができない。

 

などがあります。急性ストレス反応の症状は、出来事の現場から逃げられればすぐにでも消え、取り返しがつかない場合や状況が好転しない場合であっても、2〜3日で治まると言われています。

 

 

「PSTD(外傷後ストレス障害」の特徴

 

PSTDとはその名の通り、まず「トラウマ体験」を経験したことにより発病する病気で、単純な不安や鬱といった病気とは異なり、一連のPTSD特有の症状があります。また、上記の「急性ストレス障害」とも区別されます。

 

公式マニュアルによると、PTSDとは「この疾患の基本像は、通常の人間の体験(つまり、単なる死別や慢性疾患、ビジネスの失敗、婚姻上の摩擦のような常識的な体験)からほど遠い、心理的に抑うつされるような出来事に引き続いて、特徴的な症状がある。これらの症状を生み出すストレッサー(ストレスの原因)は殆ど全ての人に著しい苦痛を与えるものであり、それを体験すると通常強烈な不安や恐怖、無力感が生ずる」となっています。

 

トラウマ体験とは

①人間の生命あるいは体に対する深刻な脅威
②自分の子ども、配偶者、身近な親族、あるいは友達に対する深刻な脅威あるいは害
③家庭あるいは共同体の突然の崩壊
④最近、自分以外の人間が事故あるいは暴力のせいで重症を負った、あるいは殺害された事件を目撃した
⑤親友あるいは家族に対するひどい脅威や害、例えば、親友の子どもが誘拐された、拷問にあった、あるいは殺害されたことを知った

 

トラウマ体験の後遺症(一連のPTSD特有の症状)

①トラウマを何度も侵入的に再体験する

PTSDで最も顕著な症状は本人が思い出したくないのに何度もトラウマを再体験することです。

●過去のことだし、何度考えてもどうにもならないとわかっていても、しつこく何度も何度も繰り返し意識の中に浮上し、考えたくないのに当時の出来事を思い出してしまう(侵入的回想)。
●それが日中だけでなく寝ているときも思い出すと悪夢になる(悪夢)。
●また、トラウマを思い出す刺激に触れると、それが今まさに起こっているような錯覚(解離性フラッシュバック)を起こし、全てが洪水のように押し寄せてくる。
●かつてトラウマとなった出来事の記念日など、そのトラウマを象徴する、あるいは似たような出来事に遭遇すると強烈な心理的苦痛を感じる。

 

②トラウマを想起させる刺激を避ける

トラウマを体験する前には無かった反応麻痺性(無感覚)がある。思考や記憶と意識状態だけでなく、明確な目標や行動も狭めてしまいます。安全を作り出し、自分自身の染み渡る恐怖をコントロールするためにその生活も狭め、トラウマを努めて思い出さないようにその刺激から遠ざけるのです。

●トラウマ体験の重要な局面を思い出すことができない(解離性健忘)。
●学校や会社という社会的な活動や人間関係から引き篭ったり、将来のプランがなくなったりする。
●喜怒哀楽といった感情が乏しくなる。
●みんなとは違う世界に住んでいるような感じ、疎遠感や孤立感がある。

 

③自律神経系の興奮や過覚醒の症状がある

「逃げるか戦うか」といったような危険な状況にさらされている場合、自分の身を守るため、神経を興奮させておく必要があります。危険時には適合的であったこの状態が継続し、安全になった時は興奮や過覚醒という不適応な状態になってしまい、小さなことにも過剰にびっくりするという症状が現れます。(音や変化に過剰に反応して、ドキドキする)

●物事に集中できない。
●怒りっぽくなる。
●眠れなくなったり、寝つきが悪くなったり、連続して眠れなくなったりする。

 

 

最後に

 

トラウマもPTSDも、ある出来事によって引き起こされ、心の傷として残るものであるため、意味としては同様と考えて構いません。しかし広義上、トラウマは程度の低いものにも該当するのに対し、PTSDは程度の重いもの限定で用いられることから、この2つが完全一致しているとは考えにくいのが実情です。

 

ただし、どちらも心の傷であるには変わりないため、同様の治療法で改善を図ります。程度の重い出来事が原因となっている場合には、治療に時間がかかりますが、継続的に治療を行うとともに、日常生活で楽しみを味わうことでより早く改善されます。心の傷はそう簡単に改善されるものではありませんが、内に秘め続けるのではなく、時には外に放つのも大切です。