非妊娠時に肥満である場合に、肥満それ自体が危険因子になりますが、さらに妊娠が成立した時には、妊娠分娩経過に異常をきたしやすくなり、肥満妊婦の妊娠では妊娠中毒症、妊娠糖尿病などの妊娠経過の異常を伴いやすい傾向にあります。

 

分娩に際しても分娩遷延、分娩停止、巨大児による難産などの分娩経過の異常を伴いやすく、吸引分娩、帝王切開となる場合があるために、妊娠中の母体体重管理の成否は母児両者の予後に大きな影響を及ぼすことを肝に銘ずべきです。

 

 

肥満・肥満症とは

 

肥満とは体格を表す表現ですが、肥満が健康障害をもたらしている、あるいは将来もたらす可能性が高い場合には「肥満症」という疾患単位が用いられます。

 

BMI=体重(kg)/身長(m)2

 

日本肥満学会では国際的に広く用いられ、体脂肪率との相関の良い体格指数(BMI:body mass index)を肥満の判定に採用するよう推奨しています。このBMIによって以下のような肥満の判定がなされています。

 

≪肥満の判定≫

BMI判定
18.5未満やせ
18.5以上25未満正常
25以上30未満肥満(1度)
30以上35未満肥満(2度)
35以上40未満肥満(3度)
40以上肥満(4度)

 

 

肥満症の診断

 

肥満と判定されたもの(BMI 25以上)のうち、以下のいずれかの条件を満たすものを「肥満症」と診断されます。

 

①肥満に関連し、減量を要するまたは減量により改善する健康障害を有するもの。

  • 2型糖尿病・耐糖能障害
  • 脂質代謝異常
  • 高血圧
  • 高尿酸血症、痛風
  • 冠動脈疾患:心筋梗塞、狭心症
  • 脳梗塞:脳血栓、一過性脳虚血発作
  • 睡眠時無呼吸症候群、Pickwick症候群
  • 脂肪肝
  • 整形外科的疾患:変形性関節症、腰椎症
  • 月経異常

 

②健康障害を伴いやすいハイリスク肥満。身体計測のスクリーニングにより上半身肥満を疑われ、腹部CT検査によって確定診断された内臓脂肪型肥満。

【肥満の診断】肥満と診断され、内分泌性肥満、薬剤性肥満、遺伝性肥満、視床下部性肥満などの二次性肥満が除外されたならば単純性肥満と診断される。二次性肥満は極めて僅かであり、大部分は単純性肥満である。二次性肥満は減量よりも原因となっている疾患を治療することが優先される。単純性肥満は食習慣・食行動や運動不足などの生活習慣にその原因が関与している場合が多いために根気強い治療が必要となる。

 

 

妊娠中の体重増加と体重管理

 

妊娠の持続期間は、最終月経から約40週間(受精から出産まで約265日間)に及びますが、この期間にわずか100〜170μm足らずの受精卵が、細胞分裂を繰り返しながら、やがて体重が約3000g、身長50cmの成熟児に成長します。したがって、適度な体重増加が必要不可欠となりますが、過度の体重増加は妊娠中毒症や妊娠糖尿病・糖尿病合併妊娠などの妊娠経過の異常をきたしやすくなり、帝王切開の増加などの分娩異常も起こしやすくなります。

 

≪母体体重増加の内訳≫

非妊娠時と比較して、胎児、胎盤、羊水などの子宮内容物が増加し、さらに妊娠によって子宮自体が大きくなり、乳房も肥大し、循環血漿量(体を巡っている血液の量)や細胞外液量が増加します。

 

子宮内容物4.05Kg胎児:3.2Kg
胎盤:0.5Kg
羊水:0.35Kg
母体必須体重増加:3.25Kg子宮増大
乳房肥大
循環血漿量・細胞外液量の増加

 

子宮内容物と母体必須体重増加分を合計すると7.3Kgになります。したがって、妊娠中の体重増加がたとえば11Kgであるとすると、その差の3.7Kg(11-7.3=3.7)が脂肪の増加分と考えられます。体重のコントロールを考えた場合には、この蓄積脂肪量の増加分のみが対象となりますが、脂肪蓄積は妊娠に伴う生理的変化として認められるものであり、決してゼロではなく、妊娠の維持に適量は必要となります。

 

 

肥満・肥満症妊婦の妊娠・分娩

 

非妊時に肥満・肥満症である女性に妊娠が成立した場合や、妊娠中に顕著な体重増加により肥満妊婦となった場合には妊娠、分娩(出産)、産褥経過の全てにわたって多くのリスクを合併することになります。周産期における肥満妊婦の不利な点を以下に列記します。

 

肥満の妊娠経過に及ぼす影響

■肥満妊娠と糖代謝異常

膵臓のB細胞から分泌されるインスリンは血糖が上昇すると、その分泌は亢進し、グリコーゲン、脂肪、タンパク質などの合成を促進させます。さらにグルコース(ブドー糖)の利用を促進させる作用があり、これらの結果として血糖は低下します。インスリンが欠乏すると血糖値を降下させることができず、高血糖値が維持され糖尿病を引き起こすことになります。正常妊娠でも妊娠後半期になるとインスリン抵抗性、つまりインスリン作用が低下し、インスリン作用が低下することによって、グルコース(ブドー糖)の利用が低下し、その結果、血中で増加したグルコースは胎盤を介して胎児に移行して、胎児の旺盛な発育を支えると考えられています。

肥満の背景にはインスリン抵抗性の関与が知られています。肥満妊婦は妊娠前からすでに肥満のためにインスリン抵抗性を有し、妊娠によってさらにインスリン抵抗性が上記のように増大すると、血糖値を下げることはもはや出来なくなります。その結果、高血糖状態が維持されることになり、妊娠糖尿病や糖尿病の状態となります。

 

■肥満妊娠と巨大児

上記したように肥満および妊娠によって母体は高血糖状態が維持されることになります。その結果、児の血糖値も高血糖状態が維持されることになり、結果的に過剰発育状態となり巨大児となることもあります。

 

■肥満妊娠と妊娠中毒症(高血圧状態)

高度の肥満は妊娠中毒症を発症しやすいことが知られています。このような妊娠前からの肥満だけでなく、妊娠中の異常な体重増加も妊娠中毒症のリスクになりえます。肥満により血管抵抗性が増大し、さらにインスリン抵抗性によって血管の収縮性が高まり、高血圧になるとの報告があります。そのほかのさまざまなメカニズムにより高血圧状態が引き起こされる場合もあります。

 

肥満の分娩(出産)経過に及ぼす影響

■分娩所要時間の延長(分娩遷延・分娩停止)、微弱陣痛

やせ、標準体の妊婦と比較して、肥満妊婦の場合には、分娩が遷延することが多い傾向にあります。分娩第1期(分娩の開始から子宮口が全開大するまで)、分娩第2期(子宮口の全開大から児の娩出まで)がともに延長し、これは産道が脂肪組織によって狭小化しているのも分娩遷延の一因と考えられています。巨大児や羊水過多症になっている場合には、子宮筋が過伸展となっているために微弱陣痛となることも多く、やはり分娩遷延・停止の原因の一つになります。

 

■分娩時出血量の増加

肥満妊婦では分娩時の出血量が増加することが多い傾向にあります。肥満妊婦では標準体の妊婦と比較して、子宮収縮が不良(子宮収縮不全)のことが多く、そのために分娩後の出血が多量となることが多いのです。特に、巨大児や羊水過多症になっている場合には、子宮筋が過伸展となっているために、さらに弛緩性出血を起こしやすくなります。

肥満のために産道が脂肪組織によって狭小化しているために、軟産道(膣・子宮頸管など)の裂傷を起こしやすく、これが出血を引き起こす大きな原因です。一旦、膣壁裂傷や頸管裂傷が起こると、肥満のために止血操作が難しく、さらに出血が増加する要因となります。

 

■肩甲難産

肥満妊婦では妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠となることもあり、巨大児やLFD(large for dates)児となる場合もあります。このような場合には時には肩甲難産となり、腕神経叢損傷(上腕麻痺・手の内側筋麻痺・全腕麻痺)や骨折(鎖骨骨折・上腕骨骨折)、さらには胎児仮死や児死亡の原因となることもあります。しかし、肩甲難産の発生頻度は極わずかであり、約0.16%程度とされています。

 

■異常分娩:帝王切開の増加

肥満妊婦では巨大児、児頭骨盤不均衡の合併率が標準体ややせより高く、そのために帝王切開となることが多い傾向にあります。さらに妊娠中毒症や妊娠糖尿病・糖尿病合併妊娠などの妊娠経過の異常、さらには分娩遷延、微弱陣痛、胎児仮死などの分娩時の異常により帝王切開が顕著に増加します。

 

肥満の産後経過に及ぼす影響

■感染

肥満妊婦とくに糖代謝障害(妊娠糖尿病・糖尿病合併妊娠)を合併した場合には感染に対する抵抗力が低下します。そのために、会陰切開部、帝王切開創、腹腔内、子宮内の感染、尿路感染症(膀胱炎・腎盂炎・腎盂腎炎)、外陰膣炎などの感染が起こりやすく、一旦感染が成立すると容易に悪化する可能性があります。

 

■産褥初発排卵出現時期の遅延

分娩後の排卵機能の回復は授乳状況によって大きく左右されます。また、全身状態としての貧血の回復状態、妊産婦の体重変動も産後の卵巣機能の回復に影響を与えます。しかし、標準体妊産婦に対して、肥満、やせの褥婦では産後の最初の排卵の出現時期は明らかに遅延し、特に肥満妊産婦において著明となります。当然、分娩後長期間にわたって月経の発来はありません。

 

■深部静脈血栓・肺塞栓症

肺塞栓症とは血栓(血液の固まり)や脂肪、空気などが肺動脈につまることですが、下肢や骨盤腔の深部の静脈血栓症に起因することが多々あります。下肢の静脈壁から剥がれた血栓は血流に乗り、いずれは肺動脈に詰まってしまいます。これが肺塞栓(血栓)症であり、肺塞栓症は急激な肺循環障害により心停止をきたすこともあります。

 

 

望ましい体重増加量

 

明確な診断基準はありませんが、妊娠中の体重増加は10Kg以内にとどめるべきです。これ以上の体重増加は上記したように脂肪の蓄積が過度であると考えられ、妊娠分娩経過に異常をきたすことが多く、母子に共に好ましい状態ではありません。

 

やせ妊婦(BMI18未満)10〜12kg程度
標準妊婦(BMI18以上〜247〜10Kg程度
肥満妊婦(BMI25以上)5〜7Kg程度

 

  • 正期産においては体重増加量が約9kg時に周産期死亡率が最も低い。
  • やせ形では体重増加量が約5kgの場合に周産期死亡率は平均型の約1.7倍となるものの体重増加に伴って低下し、9kg以上では平均型のそれを下回る。
  • 肥満型では体重増加量を抑えても平均型の周産期死亡率を下回ることはないが、8〜7.3kgの時が最も良く、13kg以上になると著明な周産期死亡率の増加をみる。(肥満妊婦であっても妊娠中の体重増加は必要であり、増加量は約7kg程度にとどめるべきである。)

 

周産期死亡率は、「周産期死亡率=〔(1000g以上の死産数+早期新生児死亡数)/(1000g以上の出産数(出産数+死産数))〕×1000」と定義されています。(早期新生児死亡とは生後満7日(168時間)以内の生産児の死亡をいう) この値が低ければ低いほど「死産と出生後1週間以内の赤ちゃんの死亡」が少ないということを意味しており、低ければ低いほど安全な分娩ができるということになります。

 

 

妊娠中の体重管理

 

つわりが軽快した妊娠5ヶ月以降(妊娠16週以降)になると、妊婦の食欲はかつて経験したことのないほど高まります。この時に食べられだけ食べたらかつて経験したことのないほど体重が増加してしまいます。

 

妊娠中の摂取カロリーと消費カロリーを比較し、摂取カロリーが上まわればエネルギーが蓄積します。これが長期間にわたって持続すると脂肪細胞の蓄積をきたし、いずれは肥満症となります。このような肥満を防止するためには、摂取カロリーを減少させるか、消費カロリーを増加させるしかありません。

 

妊娠の場合には運動によってカロリー消費を増加させることは実質的に困難であり、摂取カロリーを制限することによりのみ肥満を防止できます。摂取カロリーを制限、すなわち食事療法が大切になってきます。しかし、過度の食事療法は胎児の発育を阻害するということは明白です。妊娠後半期妊婦において1200kcal/day以下は不適切であり、妊娠に要する妊娠に要するタンパク質蓄積量の必要量を満たさなければなりません。

 

体重管理のための食生活のポイント

肥満症患者の多くは「あまり食べていないのに太る」という状況にあったり、本人が自覚している以上に食べていることがほとんどです。あるいは「甘い物は別腹」などの食生活が認められるのがほとんどです。そのため、メモをとるなどして食行動をきちんと把握することが肥満解消の第一歩となります。妊婦の食事制限は非妊時と異なり、体重の減少を目的としているわけではありません。適度な体重増加は絶対に必要ですが、その増加範囲が極端であってはなりません。

  • 体重計を家庭に準備して、同じ測定条件で定期的に体重を測定し、現状把握に努める。
  • 3食をなるべく定時に食べる。
  • 良くかんで、ゆっくり食べる。
  • 間食や夜食を避ける。太る要因の第一は間食であり、特に夜食(特に就寝2時間前)は体脂肪になりやすいので避ける必要がある
  • 大きなお皿に盛り合わせた料理は避けて、一人前ずつ分けて盛り合わせる。
  • 家族の残したものは食べない(もったいないと思わない)。
  • 緑黄色野菜を十分摂取する。カルシウム、鉄分、繊維素などの吸収に役立つ。
  • あぶら物を極力減らす。肉、魚も脂肪の少ないものを。
  • 砂糖、甘い物は避ける。糖分を含む甘いジュースなどの飲み物を減らし、お茶か水に変える。
  • アルコール類は飲まない。

 

浮腫(むくみ)の前ぶれとしての体重増加

妊娠中の異常体重増加は必ずしも脂肪の蓄積によってもたらされるとは限りません。妊娠後半期に一週間に0.5Kg以上の体重増加は水分の貯留を意味し、不顕性の浮腫と考えられます。

これは妊娠中毒症の初期症状であり、このような体重増加が続くと、浮腫が次第に明らかになってきます。最初は下肢を中心に浮腫がひられますが、悪化すると全身浮腫にまで拡大します。このような浮腫は妊娠中毒症の食事療法が必要になりますが、安静が重要であり、安静によって浮腫が著明に軽減することが多々あります。