非妊娠時の性行為の在り方がどのようであるべきかが決まっているわけではありません。同様に、妊娠時の性行為の在り方が「かくあるべき」と決まっているわけではありません。

 

一般的に、女性にとって、妊娠していない時が普通の状態であって、妊娠している時は精神的にも身体的にも特殊な状態にあります。そのため、妊娠時の性行為の在り方が非妊娠時と全く同じというわけにはいかないのは当然です。

 

そこで性行為が妊娠経過に及ぼす影響について解説しますが、その最大の問題点は流産・早産との関係です。また性行為に対する意識は妊娠中において男女で大きく異なります。性行為に対する制限があるために、相互理解を深めるには非常に重要な時期になります。

 

 

おなかの張りと陣痛

 

子宮は子宮筋すなわち平滑筋と呼ばれる筋肉組織によって構成されています。この子宮筋が収縮することを「おなかが張る」と呼んでいます。その収縮の程度によって激しい痛みの場合から重い感じがする程度の場合まであります。

 

早産のサインの一つですが、軽度のお腹の張りは誰でも感じるものです。正常範囲内のお腹の張りは、子宮筋の収縮が不規則であり、収縮時間が短く、収縮の強さも軽度です。ちょっと安静にすれば収縮が消失する程度ならば正常範囲と考えられます。

 

陣痛とは、不随意に、周期的に反復して起こる子宮(体)筋の収縮で、胎児を娩出する原動力です。お腹の張りが強い場合には陣痛の前ぶれ、あるいは陣痛そのものであり、早産の危険信号と考えられます。

 

この子宮収縮と密接に関係ある化学物質として下垂体後葉から分泌されるホルモンである「オキシトシン」があります。すなわち、何らかの理由でオキシトシンが分泌されると子宮収縮は誘発、促進されます。

 

 

下垂体後葉ホルモン「オキシトシン」とは

 

オキシトシンは下垂体後葉から分泌されるホルモンで9個のアミノ酸からなるペプチドです。その他に下垂体後葉から分泌されるホルモンとしては、バゾプレッシンと呼ばれる水分保持の作用を持つホルモンが分泌され、両者の分子構造は極めて類似しています。

 

オキシトシンの作用

オキシトシンの生理作用には、子宮筋の収縮作用と授乳時の乳汁射出作用があります。

 

■子宮筋の収縮作用

オキシトシンは子宮筋の周期的な収縮作用があり、分娩時には重要な役割を果たしています。子宮筋のオキシトシンに対する感受性は卵胞ホルモン(エストロジェン)によって亢進し、黄体ホルモン(プロジェステロン)によって低下。妊娠末期になると卵胞ホルモンの血中濃度が上昇するために、子宮筋のオキシトシンに対する感受性は著しく高まってきます。

 

■授乳時の乳汁射出作用

授乳時に分泌されるオキシトシンは乳腺の筋上皮細胞に作用して、これを収縮させて、腺房にたまっている乳汁を押し出して、乳汁射出を起こします。オキシトシンの分泌がないと赤ちゃんは十分に乳汁を得ることは出来ません。

 

オキシトシンの分泌調節

■吸乳刺激

児によって乳頭に加えられた吸啜刺激によって、その皮膚感覚刺激によって乳頭にきている知覚神経、脊髄後根、脊髄側索を上行し、視床下部の神経核(視索上核、室傍核)を興奮させ、さらには下垂体後葉からオキシトシンを分泌します。

分泌されたオキシトシンは血中に入り、やがては乳腺の筋上皮細胞に作用してこれを収縮させ、腺房にたまっている乳汁を押し出して乳汁射出を起こします。

この吸啜刺激によるオキシトシンの分泌は、分娩後の児によってのみ引き起こされるわけではありません。妊娠中の性行為であっても、性行為パートナーの乳頭刺激においても全く同様に反応します。

つまり妊娠中の性行為において、過度の乳頭刺激はオキシトシンの分泌を亢進させ、乳房に対する作用のほかに子宮収縮を誘発、促進させうることになるわけです。そのため、性行為時の乳頭刺激は早産の危険因子になり得る可能性があります。

 

■ファーガソン反射

膣や子宮頸部に拡張刺激を加えると反射性にオキシトシンの分泌が起こり、子宮収縮が起こります。この反射はファーガソン反射と呼ばれており、一般に分娩時に起こり、胎児による子宮頸管、膣の開大刺激が脊髄を上行性に伝えられ、ついには視床下部神経核を刺激し、さらに下垂体後葉からオキシトシンを分泌します。分泌されたオキシトシンは血中に移行し、子宮筋に作用し、子宮収縮を引き起こします。

これは分娩時の児頭による子宮頸部の圧迫に限ってはいません。妊娠中の性行為において挿入された男性器によって膣や子宮膣部(膣の最奥部に接する子宮の入り口の部分)が圧迫されると同様な反射が起こり、オキシトシンの分泌さらには子宮収縮が誘発されます。

 

 

性行為そのものが妊娠子宮に及ぼす影響

 

以下に示すように乳頭刺激やファーガソン反射、オルガズムによってオキシトシンの分泌が亢進し、その結果、子宮収縮が引き起こされます。この子宮収縮は早産の危険因子であることには違いはありませんが、医学的にどの程度危険なのかは証明されておらず、性行為による危険度に関して明確な結論に達していないのが現状です。

 

■乳頭刺激

妊娠中の性行為において、過剰な乳頭刺激は前記したようにオキシトシンの分泌を促進します。その結果、子宮収縮が引き起こされます。しかし、どの程度危険であるかは医学的に証明されていません。危険因子であることには違いありませんが、全く問題ない場合もあります。

 

■ファーガソン反射

妊娠中の性行為において、挿入された男性性器によって子宮膣部が繰り返し圧迫されるとファーガソン反射が誘発されます。その結果、オキシトシンの分泌、さらには子宮収縮が誘発されます。

ファーガソン反射を避けるためには、男性性器の挿入によって子宮膣部が圧迫されなければ良いことになります。子宮膣部が圧迫されないためには挿入深度が浅ければよいことになります。同時に腹部を圧迫しないことも重要であり、結合が浅く、腹部が圧迫されないような体位を工夫すべきです。

 

■オルガズム

オルガズムの妊娠子宮に及ぼす影響については不明な点が多いのですが、やはりオキシトシンの分泌を亢進させ、子宮収縮を引き起こすとされています。しかし、このオルガズムに関しても、どの程度危険であるかは医学的に証明されていません。危険因子であることには違いありませんが、全く問題ない場合もあります。

 

 

精液中に含まれる化学物質の妊娠子宮に及ぼす影響

 

精液中にはプロスタグランジンやサイトカイン、エラスターゼと呼ばれる子宮収縮物質が含まれています。これらの化学物質は子宮収縮を引き起こすことは明らかですが、どの程度危険なのか医学的に結論が出ているわけではありません。このような危険はコンドームの使用によって回避されるのは明らかです。

 

■プロスタグランジン

プロスタグランジンは精液中に多量に存在する子宮収縮物質です。プロスタン酸を基本構造とする炭素20個の不飽和モノカルボン酸であり、A〜H群に分けられています。

精液中に存在するプロスタグランジンは13種類が報告されており、中でもプロスタグランジンEおよびFは特に強い子宮収縮作用を有し、同時に子宮頸管の熟化作用も有しています。

1回の性行為で射精される精液中に含まれるプロスタグランジンによって流産や早産が誘発されることはありませんが、頻回の性交によって、繰り返し精液中に含まれるプロスタグランジンの作用を子宮が受け続けると、子宮頸管は熟化し、早産の危険因子になる可能性は十分にあります。

残念ながら、どの程度精液にさらされると危険であるかという医学的な統計は報告されていません。これは以下のサイトカインやエラスターゼの場合も同様です。

 

■サイトカイン

免疫系の細胞が分泌する生理活性物質のうち、免疫グロブリンを除いた機能性タンパク質は総称してサイトカインと呼ばれています。インターフェロン、インターロイキン、TNF(腫瘍壊死因子)などがその代表です。

精液中には種々のサイトカインが存在することが報告されており、特にインターロイキン-1βとインターロイキン-8は子宮収縮作用と子宮頸管熟化作用を有することが知られています。

 

■好中球エラスターゼ

精液中には多数の好中球(白血球の一種)が含まれ、この好中球がエラスターゼを放出し、羊水を内部に含む卵膜を炎症によって脆弱化させ、その結果、卵膜の破綻、いわゆる破水の原因になる可能性があります。

 

 

性行為と絨毛膜羊膜炎との関係について

 

羊膜や絨毛膜は胎児を含む羊水腔を取り囲む薄い膜ですが、この部位に感染が成立したのが絨毛膜羊膜炎であり、破水や早産との関連性が認められています。

 

妊娠中の性行為が問題になるのは、性行為それ自体によって感染が助長される可能性があることです。感染といっても単なる膣炎程度で収まるなら問題はありませんが、感染のうちで最も問題になるのは早産や破水の原因になる絨毛膜羊膜炎との関連です。

 

性交によって膣炎や子宮頸管炎などの感染が成立したり、あるいはこのような感染が子宮内に向かって拡散し、ついに絨毛膜羊膜炎が成立するようならば大きな問題となります。

 

絨毛膜羊膜炎の原因微生物はさまざまですが、B群溶連菌(GBS)やクラミジア、淋菌などが報告されています。これらの微生物が感染し、膣炎や子宮頸管炎が起こっている場合には性交によってさらに感染を増悪拡大させ、子宮頸管に接している絨毛膜羊膜の感染を助長させうる可能性があります。

 

このような子宮口付近の絨毛膜羊膜炎によって絨毛膜羊膜が脆弱化し、さらに子宮内圧の急激な上昇が合併すると破水の危険性は極度に高まることは明白であり、子宮内圧の上昇は子宮収縮、性交による外力、腹圧などが関係しています。

 

しかし、医学的に性交と絨毛膜羊膜炎さらに破水との関連は認められても、どの程度の危険性があるのかははっきりしてはいません。また、どの程度性行為をしても安全であるのか、その安全限界の設定は全くなされていません。

 

 

性交損傷と性交痛

 

妊娠すると全身の血管が怒張します。膣や子宮の血管も非妊娠時と比較するとはるかに怒張し、激しい性交や深い挿入によって傷つきやすい状態にあります。また、手指での外陰部や膣内の挿入刺激は、時に損傷の危険性があるので注意を要します。

 

子宮膣部(膣の最奥部に接する子宮の入り口の部分)にはびらん(子宮膣部びらん)があり、この部位がペニスによって刺激されると容易に出血する場合があります。頸管ポリープがある場合も出血を起こしやすい傾向にあります。

 

子宮内膜症の一部は不妊症の原因になりますが、自然に妊娠が成立する場合もあります。また、子宮内膜症の患者さんの一部は性交痛を訴えることがあります。その他にも何らかの理由で性交痛を訴える患者さんが妊娠した場合には、妊娠と性交痛という二つの問題に対しては特別な配慮が必要になるのは当然です。特別な配慮とは相手に対する思いやりと相互理解です。

 

 

妊娠中の安全な性行為

 

これまで性行為による早産に対する危険因子を述べてきました。これらを考慮し、その危険因子を除外した妊娠中の安全な性行為とは以下のようなものになります。

 

しかし、以下の危険因子が全て危険とは限らず、絶対に遵守しなければならないとは限りません。反対に、全てを遵守しても絶対安全というわけではありません。医学的に安全許容限界の設定はできず、ケースバイケースに検討しなければならないのです。

 

  • ファーガソン反射を避けるために挿入は浅く、短時間ですませる。
  • 大きくなった腹部を圧迫しないような体位も工夫し、時には性器外性行為も利用する。
  • 極端な乳頭刺激は避ける。
  • オルガズムはほどほどにする。
  • 精液中に含まれる子宮収縮物質の除去のためにコンドームを使用して膣内に射精しない。
  • 性行為自体による感染を防止するために、清潔に心掛ける。
  • 激しい性行為は性交損傷をきたしやすいので注意を要する。

 

 

妊娠中の性行為の特徴

 

性行為に対する意識はもともと男女で大きく異なります。さらに妊娠中に至ってはその隔たりは大きくなります。妊娠することによって性行為に対する制限が生じるために却って、相互理解を深めるには非常に重要な時期になります。この相互理解に成功すると単に性行為だけでなく今後の夫婦関係の絆がさらに強まることになります。

 

妊娠経過が正常な場合には、一定の範囲内で性行為があって当たり前です。適度の性行為が産後の性行為レスを防止するとの意見もあります。また、過度の禁欲は大きなストレスを生み、妊娠経過に良くないとの意見もあります。

 

一般に人間の性行為は動物の性行為とは異なり、生殖の手段としてのみ存在するのではなく、夫婦間のコミュニケーションとしての意味合いも含まれています。

 

妊娠したからと言ってもこの夫婦間のコミュニケーションとしての意味合いの性行為は継続すべきであり、単なる挿入という性行為から離れ、愛撫や抱擁、性器外性行為も視野に入れた広い意味での性行為を検討すべきです。話し合いによりそれぞれのご夫婦独自の性行為パターンを確立すべきということになります。

 

 妊娠初期の性行為

妊娠初期はまだ子宮も大きくないために外観上は全く非妊娠時と違いはありません。しかし、母体の中では劇的な変化が起きています。その変化があまりにも劇的であるために、身体的にも精神的にもついていけなくても仕方ありません。

 

妊娠初期にはつわりや妊娠悪阻のために嘔気、嘔吐がみられ食欲不振、全身倦怠感がみられる場合があります。妻の側にとっては、とても性行為どころではない場合もあります。このような場合には自分の苦しさを最も大切な人である夫に理解して欲しいと思うのも当然です。

 

相互理解が不足すると、夫の何気ない態度や言葉に大きく傷ついたりしがちな時期です。妻にとって自分の気持ちを理解し優しく見守って欲しいと望む場合もあります。激しい性行為よりも手を握り合うとか、一緒にお風呂にはいるとか肌のふれあいを求める場合もあります。しかし、つわりも全く認めず、逆に妊娠によって性欲が亢進する場合もあります。

 

このような女性の体内で劇的な変化が起こっていても、男性にとっては全く変化はありません。妻の妊娠を知っても性的欲求に変化はありません。したがって、男性の立場からのみ考えると、妊娠前と同様な性行為を期待する場合もあります。

 

いずれにせよ、男性と女性の性的欲求は全く違います。夫は妻の妊娠による精神的、身体的変化を理解すべきであり、妻も夫の変わらぬ性的欲求を理解すべきです。相互理解のうえでそれぞれのご夫婦にとってふさわしい性行為の在り方を模索すべきです。

 

一般的には妊娠初期は不安定で流産を起こしやすい時期です。そのために妊娠初期の性行為は慎重に行うのが原則です。前記した「妊娠中の安全な性行為」を遵守すべきです。結合を浅くし、時間を短くし、回数も減らすのが原則です。

 

妊娠中期の性行為

妊娠中期になると胎盤も完成するために、流産の危機も脱出します。妊娠16週以降を俗に安定期と呼んでいます。必ずしも医学的に全く問題のない時期ではありませんが、異常事態の発生頻度はそれ以前と比較すると明らかに減少します。

 

さらに個人差がありますが、だいたい妊娠20週以降になると赤ちゃんがお腹の中で動いているのが分かるようになります。こうなると、何となく精神的にも安定してきます。このように妊娠中期は妊娠が安定化すると同時に精神的にも安定します。性行為に関しても安定期に入ったと言えますので、極端に神経を使う必要はありません。

 

とはいえ、妊娠中でもあり、非妊娠時と全く同じというわけにはいきません。大きくなったお腹を圧迫しないような体位を工夫したり、必要以上に激しい性行為は避けるべきです。性行為中にお腹の張りや痛みを感じたならば無理をしないことが大切です。

 

妊娠後期の性行為

妊娠後半期に入ると、お腹も相当大きくなり、お腹が張りやすい時期になります。お腹が大きくなったために何もしていなくても身のおきどころがない状態になります。何かにつけて苦しい状態になります。また、この時期の子宮筋はオキシトシンに対する感受性も高まっています。

 

このようにお腹が大きくなると妊婦はさらに日常生活をおくることすら苦しくなるため、体位の工夫が必要です。一般的には妊娠10ヶ月(妊娠36週)以降になると、性行為は避けるべきです。

 

 

妊娠中の性行為を避けるべき状態・疾患

 

妊娠中の性行為は常に担当の先生の指示に従うべきです。何らかの理由で禁止されている場合には決して行ってはいけません。

 

以下に妊娠中の性行為を避けるべき状態、疾患を列記します。以下の状態、疾患でも軽症の場合には可能のこともあります。その判断は担当の先生にご相談下さい。しかし、前置胎盤の診断を受けた場合には絶対禁忌です。

 

  • 性器出血があった時
  • お腹が張りやすい時
  • 複数回の流産歴がある場合
  • 切迫流産
  • 頸管無力症の既往がある場合
  • 頸管無力症の診断を受けた場合(術前、術後とも)
  • 早産歴のある場合
  • 切迫早産
  • 多胎妊娠
  • 前置胎盤
  • 妊娠中毒症(特に高血圧状態)
  • 羊水過多症(切迫早産を合併していることが多い)
  • 子宮筋腫合併妊娠などで安静を指示されている場合
  • 心疾患などの母体合併症妊娠

 

 

性行為が赤ちゃん(胎児)に及ぼす影響

 

妊娠中の性行為が胎児に及ぼす影響に関して、医学的に明らかになっていませんが、特に悪影響はないと推定されます。性行為自体が一定のルールのもとでは人間的な行為です。

 

お父さんとお母さんが仲良くしていることになるので、決して悪影響があるとは想像できません。胎教という観点からもご夫婦が喧嘩しているよりも仲良くしている方が良いのは明らかです。