胃の粘膜に住みつく「ピロリ菌」。日本人の2人に1人が感染しているというデータもあります。このピロリ菌の一部は、「胃炎」や「胃潰瘍」など、さまざまな胃の病気と関係していることが明らかになっています。

 

 

ピロリ菌とは

 

私たちの胃の中は、強い酸性の状態にあるため、通常、細菌が侵入しても生きていくことはできません。ところが、数年前の研究で、胃の中に「ヘリコバクター・ピロリ」(以下ピロリ菌)という細菌が存在していることが、明らかになりました。

 

ピロリ菌は、胃酸の分泌量が少なく、胃の粘膜の免疫力が弱い乳幼児期に経口感染します。成人になってから感染することは、ほとんどありません。

 

先進国では感染率が低く、発展途上国では感染率が高いことから、衛生状態の悪い環境で、糞便や水を介して感染するのだろうと推測されています。

 

日本は、先進国のなかでは例外的に、ピロリ菌の感染率が高く、国民の2人に1人が感染しているといわれています。年代が高いほど感染率も高く、40歳以上では約7割が感染しているというデータもあります。

 

ピロリ菌が、胃の中で生息できるのは、胃の粘膜の表面に存在しているためです。胃の粘膜は、胃自身が胃酸によって消化されないように、粘膜を守る「粘液」に覆われており、ピロリ菌も、この粘液によって胃酸から守られています。

 

 

ピロリ菌が及ぼす害

 

ピロリ菌は、「ウレアーゼ」という酵素を分泌し、胃の中にある尿素を分解して、アンモニアと二酸化炭素をつくり出します(ウレアーゼ活性)。このアンモニアによって胃の粘膜がただれます。

 

また、ピロリ菌自体が、いろいろな毒素を分泌するため、この毒素によって、胃の上皮細胞内に空洞ができるなどの障害が起こり、炎症の悪化の原因になります。

 

さらに、住み着いたピロリ菌を排除しようとする免疫反応が働き、粘膜に炎症が起こります。炎症が生じた粘膜には、「白血球」が集まり、さらに炎症が悪化し、胃の粘膜が傷つけられます。

 

このような、ピロリ菌のさまざまな病原因子が相互に働き合って、胃の障害を引き起こすと考えられています。

 

ピロリ菌は、特に、胃炎や胃潰瘍と深く関係しているといわれます。ピロリ菌によって弱まった粘膜が、胃酸に直接さらされ、粘膜に炎症が生じるのが「胃炎」です。

 

胃炎には、急性胃炎と慢性胃炎がありますが、ピロリ菌との関係が深いのは「慢性胃炎」です。また、ピロリ菌の感染によって胃炎が起きているところに、大きなストレスや暴飲暴食などの環境因子などが加わると、「胃潰瘍」が発生します。

 

 

ピロリ菌の検査

 

スクリーニングに用いられる「血液検査」では、ピロリ菌の抗体を調べ、抗体があれば、感染している、または過去に感染していたことがわかります。

 

「尿素呼気試験」では、特殊な炭素(同位元素)を成分に含んだ尿素を飲んで、飲む前と、飲んだ後の呼気を調べます。

 

呼気の中に特殊な炭素が含まれていれば、ピロリ菌に感染していると考えられます。また、「内視鏡検査」では、胃の粘膜の組織の一部を採取し、ピロリ菌の存在を調べます。

 

 

胃潰瘍とは

 

「胃潰瘍」は、胃から分泌される胃酸や「ペプシン」という消化酵素によって、胃の粘膜が消化され、胃壁の組織の一部が欠けてしまう病気です。

 

ふつう、胃壁は胃酸から守る「粘液」の層に覆われているので消化されませんが、胃酸やストレス、ピロリ菌などによって、粘膜を保護する作用が弱まると、胃の粘膜が直接胃酸にさらされ、潰瘍が発生します。

 

胃潰瘍の主な症状は、「胃の痛みやもたれ、胸焼け、げっぷ、食欲不振、吐き気、嘔吐、吐血、下血」などで、胃の痛みは、食後すぐや、空腹時に起こるのが特徴です。

 

 

胃潰瘍とピロリ菌

 

胃潰瘍は、強いストレスや、「非ステロイド系消炎鎮痛薬」の服用などが原因となって起こる「急性胃潰瘍」と、原因はよくわかっていませんが、ピロリ菌がかかわっていると考えられる「慢性胃潰瘍」の2種類に大きく分けられます。

 

急性胃潰瘍は、潰瘍が胃壁の浅い部分に多発するという特徴があります。原因がはっきりしているので、その原因を取り除き、「H2ブロッカー」や「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」など、胃酸の分泌を抑える酸分泌抑制薬を使えば、短期間で治ります。

 

一方、慢性胃潰瘍は、潰瘍の数は1?2個程度ですが、潰瘍が胃壁の深い層に及ぶのが特徴です。ひどい場合は胃壁に孔があく「胃穿孔」を起こすこともあります。

 

ピロリ菌が潰瘍を発生させる直接の原因になっているわけではありませんが、ピロリ菌に感染していると、その刺激で胃壁が弱くなり、そこへストレスや暴飲暴食といった環境因子が加わり、胃酸の分泌が活発になると、潰瘍が生じます。

 

ほとんどは酸分泌抑制薬の服用で治りますが、潰瘍から大量に出血したり、胃に孔があいたりした場合は、手術が行われます。

 

ピロリ菌に感染している限り、胃壁は弱い状態のままなので、潰瘍は再発しやすくなります。実際に、治療後、1年以内に胃潰瘍を再発する人は、約6割にものぼります。

 

 

ピロリ菌の除菌治療

 

何度も胃潰瘍を繰り返す人で、ピロリ菌に感染している場合、治療でピロリ菌を完全に除菌ができれば、胃潰瘍の再発はほとんど起こらなくなります。また、ピロリ菌の除菌は、「十二指腸潰瘍」や、「慢性胃炎」に対しても効果があります。

 

十二指腸潰瘍ができた患者さんは、ほぼ100%の割合でピロリ菌に感染しているので、ピロリ菌を除菌すると、十二指腸潰瘍の再発の予防になるのです。

 

また、日本人に見られる慢性胃炎の多くは、ピロリ菌の感染が原因になっていることがわかっているので、症状の強い慢性胃炎の場合、ピロリ菌の除去治療が有効になります。

 

そのほか、胃にできる悪性リンパ腫のなかで、悪性度の低いもの(マルトリンパ腫)にも、除菌治療が有効です。

 

ただ、ピロリ菌に感染していても、すべての人が胃・十二指腸潰瘍や慢性胃炎になるわけではありません。たいていの人は、感染していても、無症状で、健康に差し支えありません。

 

そのため、ピロリ菌の除菌治療は、胃・十二指腸潰瘍の再発を繰り返している人や、慢性胃炎で、症状の重い人が対象となります。

 

ピロリ菌の除菌治療をしたあとも、胃腸の健康を保つための注意は必要です。日常生活では、「食事は規則正しく食べる、油っぽいものや香辛料は避ける、アルコールはほどほどにする、たばこはやめる、ストレスをためない」といった点に注意しましょう。

 

 

除菌療法で用いる薬

 

「胃・十二指腸潰瘍」の場合、胃酸の分泌を抑える薬などを用いて治療を行います。しかし、胃・十二指腸潰瘍を繰り返す場合には、胃の中のピロリ菌を全滅させる「除菌療法」が有効です。

 

除菌療法では、ピロリ菌に直接作用し、死滅させる「抗菌薬」を2種類と、抗菌薬の効果を高めるために胃酸の分泌を抑える「酸分泌抑制薬」の合計3種類の薬を用います。

 

抗菌薬は、一般的に、「アモキシシリン」と「クラリスロマイシン」の2種類が同時に用いられます。酸分泌抑制薬には、「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」が使用されます。

 

酸分泌抑制薬には、「H2ブロッカー」もよく知られていますが、ピロリ菌の除菌に関しては、PPIのほうが効果があることがわかっています。

 

 

具体的な除菌方法

 

ピロリ菌の除菌療法を行う前に、まず、ピロリ菌に感染しているかどうかを調べます。検査は、「尿素呼気試験」や「内視鏡による検査」「血液検査」などのなかから、いくつか組み合わせて行われます。

 

そして検査により、ピロリ菌の感染が確認されたら、薬の服用を始めます。前述の3種類の薬を、朝食後と夕食後の1日2回、1週間のみ続けます。

 

1週間の治療期間が終わってから約4週間後に、ピロリ菌が完全に除菌できたかどうかを調べる再検査が行われます。

 

 

副作用と問題点

 

除菌療法で重篤な副作用が起こることはほとんどありませんが、抗菌薬の作用により、「下痢」や「吐き気」などが起こることがあります。これらは一時的な症状で、自然に治る程度の軽いものです。

 

また、除菌後は、胃酸の分泌が活発になるため、除菌以前より食欲が増して体重が増加したり、胃酸が食道へ逆流する「逆流性食道炎」や、胃や十二指腸にびらん(ただれ)が生じる可能性があります。腹部の痛みなどの症状が現れたら、念のため、担当医を受診してください。

 

除菌療法の成功率は90%前後で、約10%は完全に除菌できないケースがあります。この場合、たいていは抗菌薬が効かない「耐性菌」ができています。

 

耐性菌ができたときは、用いる抗菌薬を替えて再除菌する必要があります。しかし、現在のところ、再除菌の方法は確立されていません。再除菌を受ける場合は、専門医を受診してください。

 

なお、日本では、ピロリ菌の除菌に成功すれば、その後、再び感染することはほとんどありません。

 

現在、ピロリ菌の除菌療法は主に胃・十二指腸潰瘍の治療に用いられていますが、今後は胃の悪性リンパ腫や胃のポリープの治療に加え、胃がんの予防にも活用が期待されています。