非代償性肝硬変のように肝機能がかなり低下してくると、血中のアンモニア濃度が上昇することがあります。このようなアンモニアの上昇によって起こる意識障害を主とした精神神経症状をきたす病態を「肝性脳症(Hepatic encephalopathy )」と呼びます。(関連:B型・C型肝炎などが起因する「肝硬変症」の症状・診断・治療

 

 

アンモニアの代謝と肝硬変の関連性

 

そもそもアンモニアはどのように発生し、正常な状態ではどのように代謝されるのでしょうか。食物中のタンパク質が消化され分解されると、アミノ酸が作られます。アミノ酸は一部は再びタンパク質に合成されますが、残りは最終的にアンモニア(NH3)、二酸化炭素(CO2)、そして水(H2O)に分解されます。

 

このようにして発生したアンモニアや、腸内細菌の代謝によって発生したアンモニアは、肝臓で尿素回路 urea cycle(オルニチン回路)と呼ばれる複雑な酵素反応によって「尿素」となります(尿素はアンモニア2分子と二酸化炭素とが脱水して結合したもの)。そしてこの尿素は腎臓から尿中に排泄され、体外へと出ていきます。アンモニアは有毒性ですが尿素は無毒性なのです。

 

肝硬変とアンモニア

非代償期の肝硬変ではアンモニアの処理能力が落ちていて、体の中に過剰になり、血中のアンモニア濃度が上昇します。また、正常な肝臓では門脈の血液は肝臓に流れ込みますが、肝硬変が進みますと門脈圧が上昇し(門脈圧亢進症)、側副血行路と呼ばれるバイパスに門脈血が迂回し大循環へと入って、アンモニアが肝臓で代謝されないまま中枢神経に至って障害を起こし、意識障害をきたすのです。

 

特に肝硬変の患者さんでは「左胃静脈→食道静脈瘤→奇静脈」や「脾静脈→左腎静脈(脾腎シャント)」等の短絡路を多く見かけます。なお、当院が利用している検査施設(SRL)におけるアンモニアの正常値は、30~80μg/dlです。

 

慢性型の肝性脳症

劇症肝炎や急性肝不全などで見られる急性型の肝性脳症と違って、門脈と大循環にシャントを有する肝硬変による肝性脳症は慢性に推移する場合が多く見られます。全身状態は比較的いいのにアンモニアが持続的に高く、長い間脳症を繰り返すのです。

 

アンモニア値が高値の割には脳症が強くない場合が多く、アンモニアが200くらいあっても少しぼーっとしている程度で、周囲の人に気付かれないこともあります。しかし、何らかのきっかけで深い昏睡に陥る可能性があり、たとえ症状が無くてもすぐに治療を開始しなければなりません。

 

 

肝性脳症の症状

 

アンモニアが上昇して肝性脳症となると、程度に差はありますが、精神症状(意識障害)が起こります。症状は多彩で、以下に肝性脳症における昏睡度分類を挙げておきます。

 

<昏睡度分類>

昏睡度精神症状参考事項
I
  • 睡眠-覚醒リズムの逆転
  • 多幸気分、ときに抑うつ状態
  • だらしなく、気にもとめない態度
retrospectiveにしか判定できない場合が多い
II
  • 指南力(時・場所)障害、物をとり違える(confusion)
  • 異常行動(例:お金をまく、化粧品をゴミ箱に捨てるなど)
  • ときに傾眠状態(普通の呼びかけで開眼し、会話ができる)
  • 無礼な言動があったりするが、医師の指示に従う態度をみせる
  • 興奮状態がない
  • 尿、便失禁がない
  • 羽ばたき振戦あり
III
  • しばしば興奮状態または譫妄状態を伴い、反抗的態度をみせる
  • 嗜眠状態(ほとんど眠っている)
  • 外的刺激で開眼しうるが、医師の指示に従わない、または従えない(簡単な命令には応じうる)
  • 羽ばたき振戦あり(患者の強力が得られる場合)
  • 指南力は高度に障害
IV
  • 昏睡(完全な意識の消失)
  • 痛み刺激に反応する
刺激に対して、払いのける動作、顔をしかめる等がみられる
V
  • 深昏睡
  • 痛み刺激にもまったく反応しない

 

意識障害、特に昏睡度が深いときは、他の疾患によるものを鑑別しておく必要があります。たとえば糖尿病による糖尿病性昏睡や低血糖発作、尿毒症性昏睡、アルコール離脱症状、脳血管障害、脳炎、薬物中毒、てんかんなどです。

 

症状が軽度の時は、忘れっぽいなどの症状のみで、肝性脳症の発症に気付かないことがあります。また、昏睡度がすすんでいくと、今の時間や場所がわからない、夜間廊下で排尿してしまうなどの症状が出てきます。

 

 

肝性脳症の診察と検査

 

外来に肝性脳症が疑われる患者さんがお見えになると、医師はまず「肝性口臭(アンモニア臭。特有の甘い臭い)」や「羽ばたき振戦」の有無を見ます。また、血中のアンモニアの濃度を測定します。また、Fisher比を測定することもあります。

 

Fisher比とは分枝鎖アミノ酸(branched chain amino acids; BCAA)と芳香族アミノ酸(aromatic amino acids; AAA)の分子比(モル比)のことで、健常者では3.0以上を示しますが、非代償性の肝硬変の患者さんでは肝臓のアミノ酸代謝異常があり、このFisher比が低下しています。

 

昏睡度が進んでいる場合、脳波の検査をおこなうと、前頭葉を中心に「三相波」と呼ばれる脳波が現れることがあります。なお、これと言った症状がない場合、簡単な計算をさせたり、number connection testと呼ばれるテストをして、潜在型の脳症を診断することもあります。number connection testとは1~25までの数字が不規則に紙に記入されていて、これを数字順に1~25まで結んでいただくもので、慢性型で3分以上、急性型で1分以上かかると肝性脳症があると診断します。

 

 

肝性脳症の誘因と増悪因子

 

非代償性の肝硬変の患者さんや肝性脳症を繰り返している患者さんは、次の事項が肝性脳症発症の誘因となることがありますから注意が必要です。

 

  • 蛋白の過剰摂取
  • 便秘を繰り返す
  • 利尿剤を服用中
  • 睡眠剤・鎮静剤を服用中
  • 消化管出血
  • 感染症
  • 手術

 

以上のほか、肝性脳症を既に発症した患者さんで、脳症を増悪させる因子として、低酸素状態、循環不全、低血圧、低血糖、電解質異常、低アルブミンなどが挙げられます。

 

 

肝硬変による肝性脳症の治療

 

肝硬変(非代償性肝硬変)によって発症した肝性脳症に対しては、①肝性脳症の誘因や増悪因子の除去、②血中アンモニア濃度の補正、の二つに主眼を置かれた治療が行われます。

 

誘因の除去として、過食や高蛋白食の改善(食事療法)、便秘に対して便通のコントロール、利尿薬過剰投与の改善、感染症・消化管出血などの治療等があげられます。また、血中アンモニア濃度を下げる目的で各種薬剤の投与が行われます。

 

このほか、外科的治療やIVRによる治療が行われることもあります。なお、深昏睡(肝性脳症の昏睡度V)の場合はグリセオール等で脳圧を降下させる薬剤が使われることがあります。それでは具体的な治療を見ていきましょう。

 

食事療法とBCAA製剤

肝性脳症の患者さんは食事療法が大切です。アンモニアが高い場合や肝性脳症の症状が見られる場合は、タンパクは制限されます(入院では一日40gくらいまで制限されます)。食事性タンパク質は腸内細菌の作用によりアンモニアを発生するからです。

 

肝臓はアミノ酸代謝における主要臓器のひとつで、非代償期の肝硬変ではこの代謝の異常があるため、血中のアミノ酸組成に著明な変化がおこります。分枝鎖アミノ酸(BCAA)と芳香族アミノ酸(AAA)の分子比(モル比)を「Fisher比」と呼び、健常者では3.0以上を示しますが、非代償性の肝硬変の患者さんではこのFisher比が低下しています。肝性脳症の場合は芳香族アミノ酸の割合が上昇していますので、タンパクを制限した分は、分枝鎖アミノ酸栄養剤(BCAA製剤)で補います。

 

BCAA製剤には「アミノレバンEN」があります。アミノレバンENは1包50gで、210kcalのエネルギー量で、タンパクは13.5gです。これを一日2~3包服用します。水または温湯200ccに溶かし、一日3回食事とともに服用します。アミノレバンENのFischer比は約38で、遊離アミノ酸とペプチドを含有しています。

 

BCCAの割合が多い(つまりFisher比が高い)食物は、コーンフレークや牛乳、タマゴ、鶏肉、牛肉、魚介類などで、特にコーンフレークや牛乳、タマゴはおすすめのタンパク源です。逆に豆腐などの大豆類はFisher比が低いので注意が必要です。このほか、アンモニア上昇の原因となる便秘の予防のため食物繊維(緑黄色野菜など)は積極的にとりましょう。

 

外科的治療法

門脈と大循環にシャントを有する症例に対しては、短絡路閉鎖術が行われることがあります。

 

IVRによる治療

胃の静脈瘤の治療に使われるB-RTO(バルーン閉塞下逆行性静脈塞栓術)によって短絡路を閉鎖する方法が行われることがあります。

 

 

肝性脳症の治療薬

 

肝性脳症における治療には、アンモニア産生菌の発育を抑える「ラクツロース」や、カナマイシンなどの「抗生物質」、そのほか鎮静剤に対する拮抗薬である「フルマゼニル」などの薬が用いられます。

 

ラクツロース(モニラック)

ラクツロースは合成二糖類で、経口投与されると消化管に吸収されることなく下部消化管に達し、乳酸菌により分解され有機酸(乳酸・酢酸)が産生されます。これによって腸管のpHが低下(酸性化)し、アンモニア産生菌の発育を抑制し、アンモニアの吸収も抑えます。

 

経口投与では一日量30~90ml程度2~3回に分けて使用されます。ただし、下痢傾向となりますから、1日軟便が2~3回となるように調節します。患者さんによっては、軟便や下痢が頻回に出て心配される方がおられますが、効果が出ている証明でもありますので、主治医とよく相談されて下さい。ただし、あまり下痢がひどくなると脱水やカリウムの低下によって逆に脳症の増悪を引き起こすこともありますから、量の調節が必要となります。

 

また、急激な脳症(アンモニアの上昇)に対してはラクツロースによる浣腸(100mlを生理食塩水または微温湯に薄めて1日1~2回)が行われます。なお、2000年に入ってからラクチトール(lactitol)という第二世代の合成二糖類も使われるようになっています。

 

抗生物質(消化管の清浄化)

アンモニアのコントロールがなかなかつかない場合、カナマイシン(kanamaycin、アミノグリコシド系抗生物質)等の腸管から吸収されない抗生剤が併用することがあります(1日2~4g)。カナマイシンのほか、ポリミキシンB(硫酸ポリミキシン)、バンコマイシン(塩酸バンコマイシン)などが使われます。なお、カナマイシンの効果発現には12~24時間かかります。また、カナマイシンの長期投与は聴覚障害の副作用が出現する場合がありますので注意が必要です。

 

フルマゼニル(アネキセート)

これは麻薬中毒治療薬に分類されるお薬で、ベンゾジアゼピンという手術時に使われる鎮静剤に対する拮抗薬です。肝性脳症に対して効果があったとの報告があります。