発達障害児は加齢とともに抱える課題やニーズが異なってきます。障害児の年齢を5段階に分け、それぞれの段階で「特徴的な出来事」、生じる課題およびその対処法を「家族の課題」、「家族の対処」の3つの観点から解説しています。

 

それぞれの段階での家族と専門家との協力関係のあり方なども提案されています。当記事を読めば、今あなたが抱えている課題に対する対処法が分かるだけでなく、今後抱えるであろう課題の予測もつきます。 ライフサイクルの視点を得ることで、将来の見通しをポジティブにとらえましょう。(関連:子供の小児自閉症|特徴(言葉が遅い、人見知り、こだわり)と対応

 

 

家庭の立て直し:1〜7歳くらい

 

「発達に何らかの異常があるのでは?」と心配になり、近くの小児科や専門機関に相談に出かけるときから、この時期ははじまります。

 

専門医からは、「自閉症」あるいは「自閉的な傾向がある」と診断が下され、何らかのリスクを持つ子のための親子教室や通園施設へ通ったり、普通の保育園や幼稚園での統合の機会を持つ。就学相談・指導を経て、小学校(普通・特殊学級、養護学校)へ通いはじめることになります。

 

この時期の家族の課題

この時期、障害をもたない子どもでも生活の大部分が大人からの保護下にあるものです。 その上、自閉症の子の場合、いったん泣き出すとなかなか平常に戻らない、手を離すとどこへ飛び出すかわからない、社会的な活動に全く関心を示さないなど、人生の中でもっとも社会適応が難しいときでもあるわけです。つまり、手がかかる、両親にとっては、保護の負担が大きいということになります。

 

また、この期間には、障害の発見や診断の確定、早期療育や保育・幼児教育、さらには就学相談から入学といった大きなイベントが矢継ぎ早に起こります。子どもにかかわる専門家の数も多い時期です。ですから、身体的な負担だけでなく、家族が抱える心理的な不安も相当なものです。

 

ついでに、この心理的負担を増す要因を羅列してみます。

①     障害についての正確な知識が得られない

②     将来の見通しがまったく立たない

③     日々の子育てで疲労が蓄積される

④     子どもを連れていろんな機関のいろんな人と会わなくてはならない

⑤     子育ての方針や方法が専門家によって全く異なる(矛盾する)

⑥     子育てに費やす労力の負担を専門家や祖父母・兄弟が理解してくれない

⑦     子どもの兄弟や友達とのトラブルを予防しなくてはならない

⑧     子どもに合った療育機関や相談先を探さなくてはならない

⑨     障害をもつ親のグループとうまく付き合っていかなくてはならない

⑩     幼稚園・保育園などの受け入れ先を調べなくてはならない

⑪     就学指導を経験しなくてはならない(就学先決定)

⑫     子どもとの意思疎通がうまくいかない(言うことを聞いてくれない)

 

これ以外にも、もし母親が職を持っていた場合、続けるか退職するかの選択が早い時期に迫られます(現在の早期療育のシステムでは続けるのは難しい欠点がある)。

 

また、ちょうどこの時期、父親はいわゆる働き盛りの年代になり、仕事が忙しく、家にいる時間が短くなります(結局、両親ともに負担がかかる)。また、より広い居住空間を得るために引っ越しすることもあります。

 

心理的な負担が大変大きいと感じている家族の方は、たいてい、「発達を助長するための援助や子どもの成長」と「(子どもへのかかわり方と直接関係のない)親の役割としての仕事」とが、頭の中で、明確に整理されていないようです。でも、それは当たり前です。日々出会う課題の多くは、両親がこれまで経験したことのないものばかりなのですから。

 

家族の対処

まず、家族が抱える問題を整理しましょう。心理的・身体的な負担は、どこからきているものなのか? そのうち、何らかの措置を行えば負担の軽減ができるものはないか? とにかく、子どもへのかかわり方と直接関係のない心理的負担は、明確にしておきましょう。

 

また、子どもへのかかわり方は、「より良いもの」よりも、「共通する」ことの大切さを認識しましょう。園や家庭での対応をなるべく同じにする、昨日と今日の対応をなるべく同じにする。これが、まず大切であることからスタートしましょう。それ以上は、次の段階で求められます。

 

 

基礎的な能力開発:5〜10歳くらい

 

学校に通い始めると、一般的には、これまでのように矢継ぎ早に 大きなイベントは迫ってきません。時には、保育園・幼稚園あるいは通園での措置の時期から、のんびりできる方もいますね。

 

この期間は、「一段落つく」といったことばで表現できるかもしれません。また、子どもの方も、以前に比べるとかなり「手がかからない」子に変化してきています。特別な行事や挑戦を試みない限りは、平穏に過ごせるようになっている子も少なくありません。

 

一方、家の中での問題が軽減されると、相対的に、外でのトラブルが気になってくるものです。実際、子どもは社会的な活動に少し関心をもち始めると平行して、いろんないたずらを外で見せるかもしれません。また、外出中の風変わりな行動が、年齢とともに目立ち始めるのも(行動自体は変化がなくても)この時期です。

 

この時期の家族の課題

「家庭の立て直し」の時期であげた家族の負担が、ある程度整理されると、この「基礎的な能力開発」の時期に移ってくるようです。もちろん、負担は整理されたのであって、解決したわけではありません。でも、保護(ケア)に少し余裕が出てくると、もっと積極的なかかわりを欲して来るものです。

 

必然的に、子どもの発達や成長を助長する具体的な援助方法に関心が高まります。子どものあらゆる能力を最大限伸ばしてあげるにはどうすればいいか、ですね。

 

この時期も、学校や園の先生とのトラブルは起こります。ただし、措置や保護の問題と区別した(この点については専門家の思いつきの一言にはあまり振り回されなくなる)、子どもの発達や成長を助長する具体的な援助法や指導方針にまつわるトラブルの割合が、ぐっと増えてきます。

 

このトラブルによるいらだちが、前の時期以上に強烈に感じる家族も少なくありません。しかし、忘れてはいけないことがあります。それは:

  • 以前の専門家との関係は、どちらかというと家族が受け身的だったはずです。今は、両親の方が専門家にたいして積極的にアクションするようになったのです。意見の食い違いがあれば、当然トラブルに発展する可能性もあるのです。
  • 普通教育や普通保育の先生は当然のこととして、特殊教育や通園の先生にしても、障害をもつ子とかかわった経験年数が少ないかもしれないのです。両親はこの時期、少なくとも5〜10年は、障害をもつ子(自分の子ども)を扱っているのです。特殊教育暦3年の先生よりもずっと経験豊富なのです。
  • また、障害児教育の経験年数が豊富だからといって、自閉症のことをよく知っているとは限りません。熱心ではあるが、表面的には感情の起伏が激しかったり、非常に乏しい感情表現しかできないために、子どもの問題を情緒的な発達の不十分さと勘違いし、それに対するアプローチに、興味・関心のすべてを奪われてしまう先生もいます。
  • 学校によっては、集団生活や一斉指導の発想しか存在しない場合があります。事前の見学や就学指導では、個別の配慮や一人ひとりに合った指導が強調されていたのに、いざ入学して見ると「1人のために学級運営しているわけではない」と言わんばかりの拒否を受けてしまうのです。通園や療育センターなどでは、先生と問題行動やしつけのことを相談しながら指導して行ったが、学校ではそういう機会がまったくなくなってしまうのです。しかし、これが一般的な現状であることは認識しましょう。自分だけが恵まれていないのではないのです。
  • 自閉症の子にとっての不満のない理想的な教育(療育)環境は、どこにもありません。有名な米国ノースカロライナ州でも、親のほとんどが不満を持っているのです。子どもの今の家庭とその地域が、子どもにとって最良の育つ場であると、認めましょう。
  • 専門家は一時期利用する資源なのです。今の先生には、ほとんど託せるところがないからといって、子どもの一生すべてが恵まれないわけではありません。また、今は未熟ですが、その先生は将来大切な資源に成長するかもしれません。子どもが一度に身につけられることに限りがあるのと同じように、専門家も1年で身につけられることには限りがあります。「先生の成長を見守る」くらいの余裕があればベストです。

 

専門家との関係以外にも家族が抱える課題があります。それは、障害をもつ子どもについてあまり知らない一般の人とどう接するかです。これは、適切な接し方を学習するというよりも、周囲の目に打ち勝つ確固とした信念を持つことが大切なのかもしれません。

 

家族の対処

とにかく、専門家との協力体勢をとりましょう。というよりも、とれるように努力しましょう。話し会う機会がありましたら、問題点や希望を可能な限り伝えましょう。感情的になってうまく議論が出来ないときは、文章でやり取りしましょう。

 

運が良ければ、通っている学校や園の先生に全幅の信頼がおけます。そうでなくても、この部分は任せられる、この部分は信用おけないといった区別が出来てきます。

 

一人の専門家では心許ないときは、公的あるいは民間の 医療・福祉・相談機関をあたって、足りない部分の穴埋めをしましょう。残念ながら、組織全体で多様な家族のニーズに系統的に応じられるほどこの業界は成熟していませんので、「どこで」よりも「誰と」相談するかを大切にしてください(親の会の要求はこれではいけませんが、個別の援助は仕方ありません)。

 

また、自閉症の親のグループになるべく参加する機会をもちましょう。同じクラスに障害をもつ子はいても、自閉症の子がいるとは限りません。子どもの特性により、家庭での問題意識が微妙に違ってくることは少なくありません。

 

地域の自閉症協会の支部や自閉症の子をもつ親の集まりに出かけて、共通した問題を抱える人と意見交換することはとても大切です。そして、この資源は、周囲の目に打ち勝つ信念を育てるには最良です。

 

子どもには、同年代の子どもと同じように、いろんな活動に挑戦する機会をもちましょう。スポーツ・勉強・遊びなど、利用出来そうなものは必ずあるものです。挑戦しながら、子どもにとって得意なこと苦手なことが見えてきます。

 

ただし、あまりに手を伸ばし過ぎて、「家庭の立て直し」時期と同じような負担を抱えるのは止めましょう。できる範囲で構いません。それに、挑戦とリラックスできるいつもの日課のバランスをうまく保ってあげてくださいね。

 

 

将来を見据えた指導:10歳〜14歳くらい

 

処遇先の決定という大きなイベントは、中学進学程度しか、この時期にはありません。そう考えると、まだのんびりした時期なのです。そして、一般的に、家の中で子どもに手がかかることはますます少なくなってきます。

 

子ども本人に目を移してみると、この時期、身体がぐんぐん大きくなります。第2次成長期、思春期ですね。いつのまにか身体は大人と同じになります。

 

この時期の家族の課題

子どもを成人まで育てた家族の多くの方が、10歳というのは一つの大きな区切りになると、回想しています。誰にとっての区切りかと言えば、親にとって、それも精神的な区切りのようです。障害の特性の実感と漠然としてはいるが将来の見通しが見え始めるのが、この時期からなのです。

 

子どもが小さい頃から、「障害の受容」ということばに代表される、子どもを理解するための教授を両親はいつも聞かされてきました。でも、10歳くらいになるまで、その実感はわかないようです。逆に考えると、10歳になって実感するのが普通なのです。

 

この区切りは、子どもへのかかわりに別の視点を加えて行きます。それは、「漠然とした夢よりも実現可能な目標」です。当然、社会で生活していくための技能に関心が向き始めます。

 

たとえば、これまでの「数の概念」とか「数字の読み」といった範疇の指導は、「カードゲームをプレイする」とか「1人で買い物をする」など実用的な側面から見直しを始めます。また、あらゆる領域の挑戦から、得意分野の見極めもこの時期の課題です。

 

たとえば、「製作・栽培の趣味や仕事は得意ではないが、収集・分類・整理だと関心の度合や技能は良好である」とか「野球やサッカーをプレイするのは難しいようだが、観戦は大変好きだ」などです。

 

思春期から青年期へ移行していくこの時期、子どもの精神的あるいは身体的な発育に合わせた家族のかかわりも大切な課題です。保護(ケア)し指導し親子の愛情を確認するが中心のかかわり方だけでなく、一人ひとりの自尊心(自立心)の成長や個人のプライバシーも配慮しなくてはなりません。

 

また、身体の成長にともなう新たな身辺処理の方法、そして社会通念としての性差の存在も感じてもらいたいものです。

 

家族の対処

子どもが成人したときに利用できる資源、そしてそこへ至るまでに利用できる資源についての、大まかな知識は収集しておきましょう。各種福祉施設や児童相談所・更生相談所の所在や機能については、各自治体からパンフレットが出ているはずですから、確かめておきましょう。

 

子どもにたいしては、これまでの多方面への挑戦から、興味のあるものあるはい必要なことへの自立的(最小限の人からの援助)な学習を強調しましょう。特に、家族の一員として家庭に貢献する活動を見つけてあげることは大切です。その都度の思いつきでお手伝させるのではなく、毎日のようにほぼ決まった時間に責任をもってこなせる活動を決めましょう。

 

また、金銭の価値がどの程度理解できるかにかかわらず、子ども用の財布の中にはお小遣いが入っており、それを自分で使う(時には援助を受けながら)機会が持てるようなシステムを作り上げましょう。お小遣いは、労働(お手伝)や契約の完了に随伴して支払ってもいいですね。当然、そのお小遣いで買うものについての口出しは、特別なことがない限りは差し控えましょう。

 

自尊心(自立心)を育てるには、両親から離れて活動する機会を持つことが大切です。学校以外にも、ボランティアサークルやサマーキャンプに参加する場がありましたら、積極的に利用しましょう。

 

理髪店や美容院、そして普段通い慣れた病院や買物先なども、自立心を育てる重要な資源です。また、家の中でも「一人の時間」と「1人で過ごす場所」を作ってあげたり、ある特定の場所に置かれた品物は絶対両親が手をつけない、などの配慮はできますね。

 

「どこで(誰の前で)裸になっていいのか?」「異性との接近の度合はどうすればいいのか?」なども、家族を例外にしないで、教えなくてはならない問題かもしれません。髪型や服装、持ち物などの外見上の見栄えにも、気を配る必要がありますね。両親の好みでなく、同年代の障害をもたない子どもたちの好みはしっかりとおさえておきましょう。

 

以上のような活動をこなしている間に、「将来これくらいは自立して欲しい?」といった現実的な希望がたくさん生まれてきます。「どこで」「どういうことを」1人でできるようになってもらいたいか、ですね。

 

 

受け継ぎ重視の援助:13〜21歳くらい

 

中学校から高校(養護学校中等部から高等部)そして社会人へと変化していく時期です。一番のイベントは、学校を卒業し、就労の場(保護的・福祉的就労を含め)へ処遇が変わることです。これは、「就学」と同じくらい家族にとって(今回は本人も)大きな選択であり、その後の、大変長い将来の人生に大きな影響を及ぼします。

 

この時期の家族の課題

「将来を見据えた指導」の時期に見えてきた将来像が、ここでは現実のものになってきます。一般就労を目指すが「○○製作所」であったり、生産性をあまり問われないアットホームな通い場所が「○○作業所」であったり「○○更生施設」であったりするわけです。一般名詞ではなく、固有名詞の話題に変わっているはずです。

 

両親はこの時期になると、養育者(指導者)としてではなく、最良の代理人としての役割が重視されてきます。収入、地理的な要因、その場の物理的人的な環境、安定性、本人の好みとの相性など、総合的な判断から通い場を選択することになります。

 

卒業後すぐに、かなり希望に近い場所を確保できる人もいます。しかし、2〜3年通った後に、さらに別の場所を探す必要性が生じることもあります。

 

就労先以外の社会的資源の利用は、前の時期から引き続いての課題です。意外と問題なのが、健康管理や維持に貢献する資源の確保です。学校に通っている間は、毎週定期的に運動をするのですが、卒業してからこの運動量が確保できません。障害をもつ人だけの問題ではありませんね。

 

でも、自閉症の人の中で、友達同士でスキーや海へ出かける機会やテニススクールやジム・フィットネスクラブの会員になる機会を自ら持とうとする人はどれくらいいるのでしょうか。

 

消費活動の幅を広げる援助もこの時期大切かもしれません。同年代の障害をもたない子ども(青年)たちは、趣味や被服、仲間との会話に必要なグッズや食事、そしてこの時期の後半ともなればモータリゼーションや化粧・ファッション情報にもっとも躍らされるのです。

 

消費の額ならびに範囲が飛躍的に広がる時期です。同程度とはいかないまでも、それに比例するような、消費活動の幅を持たせてあげたいものです。 ひいてはこれが、就労意欲に直接結びつくはずです。

 

個人の課題だけでなく、障害をもつ人あるいはその家族全体の利益のために積極的に動きだす家族が増えるのもこの時期です。各種圧力団体の立場から行政交渉したり、各会員の意見と時代の変化に合わせた活動方針を打ち出したり、親の会独自の活動を展開したり、各地域の他の団体と交流・協力したりなどなど。このような全体の活動も大きな課題になっているようです。

 

家族の対処

この時期、まず「今の生活で役に立つ」から「学校を出たとき役に立つ」に視点が次第に移って行きます。卒業後の通い先では「拘束時間がどれくらいで」「何をやっていて」「何が足りなくて」「収入はどれくらいで」といった、非常に狭い範囲での目標が大切になってきます。

 

資源の確保には、論理的・理性的な方略よりも政治的・感情的な作戦が功を奏する場合が少なくありません。とにかく、できるだけ早く具体的な目標(もちろん固有名詞が含まれた)を設定し、戦術を選ばず、過程よりも結果を大切にトライする気構えが必要ですね。

 

卒業ということは、行政的には「教育」から「福祉」「労働」分野に 子どものポジションが移るということです。現代日本の特徴である「縦割り」をまたぐわけです。これまでも、専門家同士の連携の悪さは十分経験してきているはずです。

 

今度の卒業を契機とする移行は、専門家に期待する方が酷というものです。それぞれの専門家には、子どもの今の面倒は任せて、引き継ぎの仕事は両親が中心(情報の基点)になるように心がけましょう。もしそれが不安なら、その代わりの人材(組織ではなく人)を早目に確保しておきましょう。

 

これからは、家族が子どもを支える絶対的な資源ではなく、家庭を中心にいろいろな資源を活用していく、その交通整理役が家族なのです。特に、お金に関する見通しは、早目にかつ現実的にもちましょう。

 

「障害基礎年金と労働収入で年収どれくらいになるか?」「活費、レジャーとしての出費、貯蓄のバランスは?」お金の出入りからも、子どもの生活の質を改善する手掛かりは見つかるものです。

 

 

生活基盤の整備:18〜30歳くらい

 

これからは、自発的な動きをしない限り大きなイベントは存在しません。何らかのトラブルを起こすこともなく、こちらから積極的に変化を求めなければ、5年でも10年でも15年でも20年でも平穏無事に、今の生活を送れます。本当にそうでしょうか。その時、両親は何歳ですか?

 

この時期の家族の課題

「親が元気な間は面倒を見る」とは、障害をもつ子の両親のこれまで主流の考えだったのかもしれません。事実、親の元気が無くなっても最低限の、時にはかなり恵まれた(?)生活の場は確保できるのです。その場の多くは、入所型の施設です。

 

ところが最近、ノーマライゼーション、生活の質(QOL)、自己決定などといった言葉が登場し、施設のあり方が非常に厳しくなってきました。具体的には、何十人もの大人が共同で生活している場所ですから、今の日本の常識からいって、清涼飲料水の自動販売機くらい設置しておいてもおかしくないはずですが、それすらあまり見かけません。

 

休日前の就寝時間や休日の朝寝坊は認められるのでしょうか。建前と運用の格差を真剣に考えると頭がいたくなりますね。それではということで、援助つきで、小規模で、プライバシーがある程度確保できる居住空間を作ろうという風潮が出て来ました。いわゆる、グループホーム・生活ホームと言われているものです。

 

これまでは、自宅から通う場所(資源)の確保と活用が大きな課題でした。もちろん、今後も大切な課題です。でも、この時期では、自宅以外の生活する場をどのように見つけるかが大切になってきますね。それも、両親が元気で、いろいろと挑戦できる間にです。

 

当面は、自立生活(生活ホームなど)の場、自宅、職場(福祉就労を含む)、レジャーの場(青年学級など)を曜日によってうまく使い分けられればいいですね。

 

さて、地域社会生活を標榜する以上、両親は、子どものある程度の「孤独」「孤立」を心理的に許容しなくてはなりません。入所型の施設は、生活の質や自由度が犠牲になるものの、周囲には障害をもつ人のことをわかってあげようとする職員が常にいるのです。そこでは、子どもに「孤独感」や「孤立感」をできるだけ与えないように配慮しているように見えます(おせっかいに見える場合も多い)。

 

しかし、地域社会生活ではそうはいきません。周囲には、障害について理解したくない人や無頓着な人もいるのです。時には存在を無視されたり、非難されたりするかもしれません。もちろん、障害を理解し、いろいろと援助してくれる人もいますが、1人(一つの組織)が生活全般をカバーするわけではありません。それぞれ、生活のほんの一部分を援助するのです。もちろん、1人の大人として扱われますから、余計なおせっかいはありません。

 

結果的に、これまでの家庭を中心とした生活よりも、「孤独」で「孤立」していると端から見て感じられる時間が増えてしまいます。この事実を認められないと、子どもは親離れ(親の子離れ)できません。もしかすると、これが自立の最後のハードルかもしれませんね。

 

家族の対処

現在、この地域生活を支える生活の場、それも家庭以外の生活の場が非常に未熟である点は知っておかなくてはいけません。利用しようにも近くに生活ホームはないかもしれません。あるいは、せっかく良い居住場所を見つけても、そこへ越してしまうと今活用しているいくつかの資源は利用できなくなるかもしれません(地理的に通えない)。

 

非常に遠回りなのですが、家庭生活以外の地域生活のオプションを作る運動を起こす、あるいはそのような活動に参加することが、まず最初の一歩になってしまうかもしれません。

 

もし、良い選択肢があれば、家族の援助をどの程度そこに託すか具体的に決めなくてはいけませんね。特に、経済的な管理の援助は不可欠な問題ですから(収入の管理とその使い道など)、それぞれの責任を可能な限り明確にしておかなくてはいけません。

 

毎月の経済活動以外に、時には資産の問題も出てきます。入所型の施設では、以前から話題に上っているテーマですが、地域社会生活の場ではまだまだ議論されていません。禁治産制度やその保佐人といった法的な知識が必要になる場合もあります。必要なら、早目に法律相談を受けておくことを薦めます。

 

孤独に耐える方法を考えてあげましょう。自閉症の方で、特定の目的もなく会っておしゃべりするといった、いわゆる「友達」を持っている人を私は知りません。もちろん、本人に「友達は誰ですか?」と質問すると、たくさんの名前を答えてくれる人はいます。でも、私の思い描いているような「友達像」とは違うようです。

 

青年学級の仲間・ボランティア、職場の同僚、ホームの同居人、学校の同窓生など、付き合う頻度は少なくても、彼らは友達と認識し、孤独を癒す支えになっているのかもしれません。もしかすると、私たちより相当孤独に強いのかもしれません。でもやはり心配です。

 

以下のような対策はいかがでしょうか?

  • 友人というよりも所属している場所・組織が明確な資源を大切にする。つまり、「所属感」が実感できるところを見つけてあげる。
  • 家庭では指導をしない。家に帰ったときに、「服装がどうのこうの・・・」「食事のマナーが悪いの・・・」「体重が増えてきたらかおやつを控えろ・・・」はもう止めにしましょう。家ではのんびり、小さい頃から過ごしていた日課を楽しませてあげましょう。