高齢者における癌発生の高頻度は、組織・臓器の体細胞に染色体の切断現象などの染色体急性障害作用の高頻度発生の可能性の上昇と関係があります。体細胞に突然変異が起こったり、DNA傷害が蓄積することによって細胞機能が衰え、高齢個体細胞には染色体異常が多いこと、慢性骨髄性白血病の染色体図や、発癌率は加齢とともに上昇することは、よく知られています。

 

近年では、多くの腫瘍に特異的、または再現性染色体異常がみられ、癌が染色体ひいてはそれを構成する遺伝子の病気であることが知られるようになってきました。このような染色体異常は、一定の癌で一定の染色体の切断点で転座とよばれる染色体再構成がおこることによって生じていることが明らかとなっています。

 

 

発生部位の特定について

 

染色体の切断は、細胞分裂時の急性染色体損傷のさいの切断点によって起こることが明らかとなっており、この切断点は発癌作用のある物質を細胞に作用させて、標的細胞の染色体上の染色体切断や姉妹染色分体交換を調べることによりその発生部位を知ることができます。

 

しかし、染色体上の遺伝子DNAのすべてが発癌作用のある物質の標的になりうるかという点では、その考えは否定的であるのが実情です。

 

自然に発生する染色体切断も同じ場所に発生すること、切断は最もDNA複製の遅い部分で起こりやすいなどから、染色体DNAの機能上、構成上の理由で特別に標的になりやすい部分があると想像されます。発癌作用のある物質によって染色体切断が集中する部位が好発部位ということになり、この部分を中心として染色体の再構成すなわち異常が発生するわけです。

 

 

増殖における感受性

 

さらに、増殖中の細胞が休止細胞より障害に対する感受性が高いことは、発癌作用のある物質による急性染色体傷害作用や臓器発癌においても見られます。(増殖刺激を受けた皮膚、ホルモン刺激下の乳腺、再生粘膜あるいは組織、貧血下の骨髄は発癌率が高い。)

 

増殖刺激下では染色体切断が著明に増加することから、増殖刺激下で転写活性の亢進があり、染色体DNAが発癌作用のある物質などに対して無防備になるための結果である可能性があります。

 

 

癌細胞の発生過程と加齢の因子

 

これらの染色体傷害作用によって、体細胞が変異細胞として発生し、癌細胞として発生してゆくには、さらにいくつかの過程を経なければなりません。なぜなら、多くの場合には体細胞に急性染色体傷害がおこってもDNA損傷は修復され、染色体異常につながってゆかないからです。

 

すべての年齢層が同じ環境のもとで、同じ外界の刺激を受けると考えた場合癌細胞と老化細胞の電気泳動写真、発生する癌細胞の率は当然同じであるはずです。しかし、高齢者に高率に癌が発生するのは、若年者ではDNA修復がうまく働くのに対し、高齢者ではDNA修復がうまく働かないためであると考えられています。

 

細胞内の酵素反応や情報伝達、さらには機能蛋白による制御が老化細胞では低下しており、機能の低下をきたしている細胞では、逆に何らかの原因により押さえつけられているその制御が外れた時には暴走しやすい危険もはらんでいます。

 

これは火事でのくすぶり状態からの突然の発火にも似た現象です。また、胸腺は年齢とともに萎縮し、この胸腺萎縮は、T細胞を分化増殖させる能力の低下となるので、加齢に伴うT細胞の機能低下の主な原因となっています。

 

T細胞は異常細胞の発生に対する警察官の役割を果たすので、T細胞の機能低下は、発生した変異細胞の癌細胞の排除に緩慢となる原因を個体に作り出すことになります。また、胸腺腫は上皮性の腫瘍ですが、小児期にはほとんどなく、胸腺萎縮に伴ってくすぶり状態からの突然の発火のように発生すると考えられています。

 

 

テロメアの減少・枯渇

 

さらに、染色体の両端部にはテロメアと呼ばれる共通した構造をもっています。テロメアは、TTAGGGの6塩基配列を1単位とし、それが隙間なく繰り返す構造をとり、鎖状のDNAの機構上から、複製時にはその両端部の複製が完全ではなく、複製の度に一定のDNAが脱落していきます。この反復配列が十分あるうちは遺伝子が失われずに済みます。

 

しかし反復配列は有限であるので、いずれテロメアは使い尽くされてしまいます。ヒトの細胞では1回の細胞分裂にあたり60ー150bpのテロメア塩基が脱落。生殖細胞や幹細胞、不死化した細胞や癌細胞ではテロメアの反復配列を伸長させる酵素、テロメラーゼ・テロメア伸長酵素が発現します。

 

テロメアとテロメラーゼは細胞老化と不死化にかかわる時計機構と考えられています。テロメラーゼは、90%以上の癌細胞で発現しており、癌抗原として極めて普遍性が高いことから、癌の病理診断に応用できうるものです。また、テロメラーゼの阻害剤が癌治療薬として有望視されてきています。